ぬかるんだ足場
昨日まで当たり前だと思っていた前提が、今日には静かに崩れている。
そんな、足元からじわじわと不確かさが染み込んでくるような感覚を、誰もが一度は覚えたことがあるのではないだろうか。
AIの進化は加速し、かつては組織やチームで分担していた知識や作業の多くが、今や一人で完結できるようになりつつある。便利さは確実に増している。それでも、世界の見え方がどこか落ち着かないのはなぜだろうか。
国と国の関係は揺れ、経済の流れは読みづらく、デジタルの扱いひとつで手にする景色にも差が出る。
いわゆる、VUCA(ブーカ)と呼ばれる時代の到来である。
• V(変動性):状況は、前触れもなく揺れ動く。
• U(不確実性):先のことは、最後までわからない。
• C(複雑性):原因と結果は、簡単には結びつかない。
• A(曖昧性):同じ出来事でも、意味はひとつに定まらない。
体感としては、ただ「ぬかるんだ足場」に立たされているようでもある。
この不安定な時代において、私たちは一体何を標榜して進んでいけばよいのだろうか。
揺れ続けること
こういう時代には、決まってこう言われる。
「柔軟に生きよう」「変化に適応しよう」と。
たしかに、その通りなのだと思う。けれどそれは同時に、「ずっと揺れ続けること」を強力に求められているということでもある。
波に乗るように軽やかに動ける人もいれば、変化そのものを楽しめる人もいるだろう。
だが、私はどちらかというとそうではない。新しいことは好きだが、常に揺さぶられ続けることには、少し疲れてしまうタイプなのだ。
だからこそ、できるだけ情報を集めて、事前に考えておきたいと思う。
何が起きうるのか、どこにリスクがあるのか。自分はどこに立つべきなのか。
あらかじめ輪郭を引いておくことで、不安定な足場の上でも、少しだけ踏み出しやすくなるのかもしれない。
ただ、ここにも揺れがある。情報を集めるほど、判断はクリアになるどころか、むしろぼんやりと広がっていく。増えるほどに、選べなくなる。そんな矛盾の中に、私たちはいるのである。
心のコンパス
VUCA時代には、「自分のコンパスを持て」と言われる。
外側の地図が役に立たなくなるからこそ、内側の基準で進め、ということなのだろう。
その言葉を聞いたとき、頭に響いてくるのが、東京ディズニーシーの『シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ』のテーマソングである。
彼が頼りにしていたのは、他ならぬ「心のコンパス」であった。
嵐の中でも、予測できない出来事の中でも、外側の正解ではなく、自分の内側を頼りに進んでいく。
だが、そのコンパスは、本当に一人で作り上げられるものなのだろうか。
現代は、「誰かに頼る」ことをしなくても、個の力で完結できる領域が広がった。私たちは気づかないうちに、閉じた円の中で精度を上げているだけなのかもしれない。
自分だけの独りよがりなコンパスになってしまう可能性を、忘れてはならないのである。
ズレを許し、たどり着く場所
目的地を決めて進んでいても、足を取られて、思っていたのとは違う場所にたどり着く。そんなことが頻繁に起こる時代である。
けれど、それが必ずしも「間違ったゴール」とは限らないのかもしれない。
シンドバッドが手にした本当の宝は、旅の中で出会った友であった。
一人でできることが増えた時代だからこそ、すべてを一人で完結させなくてもよいのではないか。
誰かと話すこと。自分と違う視点に触れること。
それは正しい答えをもらうためではなく、自分がコンパスを手に、いまどこに立っているのかを再確認するために必要なプロセスなのである。
揺れる針のままでいい
ズレを許せる相手と付き合っていけることが、何よりの救いになるのかもしれない。
それはただ気が合うということではなく、自分のコンパスが少し狂う瞬間を、お互いに怖がらずにいられる関係のことである。
自分の決めたゴールに向かって、懸命に足を持ち上げて進むのも一つの生き方である。
あるいは、大きくつまずく前に、小さくつまずいてバランスを知ること。早めに転んで、素早く立ち上がる術を身につけるのも賢明だろう。
けれど、ぬかるみを滑るように進んで、図らずもたどり着いた場所が、案外しっくりくることもあるのかもしれない。
あまり気負いすぎないほうが、この時代には、ちょうどいいのかもしれないのである。
あなたの心のコンパスは、今、揺れてはいないだろうか。

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