ろむさんの考えごと

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「ナフサ不足を考える」シリーズまとめ

2026年5月12日にこのシリーズを書き始めてから、3か月半以上が経過した。

きっかけは「ポテトチップスの袋がモノクロになる」というニュースだった。

今のところまだ中東情勢は本質的な収束を見せていない。

ホルムズ海峡の通航は一時的に回復した局面もあったものの、完全な安定には程遠いようだ。

直近においても、経済産業省が石油化学プラントの「脱中東ナフサ依存」を支援する方針を固める(8月20日)など、原油・ナフサ価格の高止まりや値上げの波は収まっていないのが現実だと思う。

 

私は、この3か月半、ナフサという一つの素材を入り口に、

包装やプラスチック、代替素材、微生物、そして私たちの暮らしについて、

いろいろと考えてきた。

 

ナフサ不足という一つのニュースから始まった考察の記録を、
ここに改めてまとめておこうと思う。

 

1. 変化を「コンテンツ」として消費する人たち

https://qp-massan.hatenablog.com/entry/2026/05/12/164336

ポテトチップスの袋がモノクロになる。そのニュースに対し、「最後のカラーパッケージ」を買い走る人、新旧比較動画を撮影する人、「レトロでかわいい」とSNSに投稿する人々が出てくるのではないかという考察。

現代社会では、こうした変化をまず「ネタ」として楽しむ空気がある。一方で、かつての物不足を知る世代にとっては、それが供給の変化を感じさせる出来事として映るのかもしれない。

実際には、モノクロパッケージに絵師がイラストを描くという、エンタメとしての方向が強かった。

そんな出来事をきっかけに、本シリーズは始まった。

 

2. 日本はなぜここまで包装するのか

https://qp-massan.hatenablog.com/entry/2026/05/13/112403

海外で開けにくい袋と格闘するたび、日本の包装が持つとても精密なつくりが浮かび上がる。

「湿気」を「食の終わり」として忌避する日本の文化性と、パリッとした食感をできるだけそのまま届けるための工夫。

一見すると過剰にも思える包装も、実は人々の暮らしに寄り添った「静かな配慮」の積み重ねだったのかもしれない。

その便利さや安心感を、これからどこまで残していけるのか。そんなことを考えてみた。

 

3. トウモロコシと微生物が変える素材

https://qp-massan.hatenablog.com/entry/2026/05/18/142550

「ナフサが枯渇すれば、鍋を携えて豆腐を買いに行く時代に戻るのか」――答えは自明だと思う。

人類は今、トウモロコシやサトウキビを「器」に変え、微生物にプラスチックを培養させる新たな道を選び始めている。

バイオ素材が「高価な代替品」から「経済的な合理的選択」へと変わっていく可能性もある。

一本の石油に頼り続けるのではなく、新たな素材の糸を紡ぐ未来を考えてみた。

 

4. デロリアンが現実になる日 ― 生ゴミとAIが生み出す次の素材

https://qp-massan.hatenablog.com/entry/2026/05/19/134721

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、ドクが生ゴミを燃料として投入したあの光景が、少しずつ現実の技術に近づいている。

成分が不揃いで扱いづらかった生ゴミを、AIが分子レベルで解析し、微生物が有用な素材へと組み換えていく。

昨日捨てられたゴミが、明日を支える素材へ変わる。

「自然」と「人工」の境界線が少しずつ変わっていくような、物質の新しい循環について考えてみた。

 

5. 石油は地球が作った「炭素の缶詰」 ― その缶詰工場を「微生物」で再現し始めた話

https://qp-massan.hatenablog.com/entry/2026/05/20/111405

石油とは、地球が数億年の歳月をかけて作り上げた「炭素の缶詰」であった。

人類はその膨大な貯金を取り出し、さまざまなものに利用してきた。

しかし現在、テクノロジーはその「缶詰工場」の工程を、培養タンクの中で再現しようとしている。

数億年かかった自然の営みを、現在の技術で少しずつ再現していく。

太古の遺産を掘り返す時代から、現在の生命活動を資源として利用する時代へ。

そんな大きな変化について思いを巡らせてみた。

 

6. マイ容器が、培養タンクに変わる日

https://qp-massan.hatenablog.com/entry/2026/06/02/081538

「マイ容器の持参による割引」という環境配慮の取り組み。

しかし湿気と灼熱の季節を前に、「容器のフチやパッキンは真に清潔であるか」という疑問も浮かんでくる。

食中毒が発生した際の責任の境界線も、簡単には決められないだろう。

使い捨てプラスチックとは、単なる利便性の追求ではなく、雑菌や湿気から生活を守る「防御壁」のような役割も担っていたのではないか。

環境を守りたいという思いと、安全を手放したくないという思い。

その二つをどう両立させていくのか。そこに、次の技術革新のヒントがあるのかもしれない。

 

※ChatGPTで作成。ROMちゃんがポテチの似合うお子さまになったイラスト。

 

あとがき

本シリーズで考察してきた「包まれた社会」について、

3か月半前と今とでは、少し見え方が変わってきた。

使い捨て容器や美しいパッケージが「当たり前」だった私たちの暮らしも、

原材料やエネルギーの変化とは無関係ではいられない。

その影響は、いきなり大きな形で現れるというより、包装資材やプラスチック製品、

食品や日用品などを通して、少しずつ私たちの生活に入ってきているように感じる。

  • 包装資材・プラスチック製品: ナフサ由来の樹脂価格が高止まりし、食品包装フィルムや容器、ゴミ袋などにも値上げの影響が出ている。再生プラスチックへの関心が高まっていることも、こうした変化の一つなのかもしれない。

  • 食品・日用品: 包装にかかるコストも、商品の価格に影響を与える要素の一つになっている。

  • 川下産業への波及: 建設資材、塗料、衛生用品、さらには医薬品関連の包装資材など、さまざまなところに影響が広がっている。

  • 全体の空気: 一時的な「品不足パニック」が落ち着いたように見えても、コストの上昇は少しずつ私たちの身近なところへやってきている。

一方で、シリーズ後半で触れた「代替技術」や「循環」への動きもまた、

静かに進んでいる。

危機が新しい技術や発想の転換を促すこともある。

だから、ナフサ不足を考えることは、単に「何が値上がりするのか」

を考えることではないのかもしれない。

これまで当たり前だと思っていたものが、どのような材料からできていて、

どこからやってきて、これからどこへ向かっていくのか。

そんなことを考え続けた3か月半だった。

書き始めた当時は「これから訪れるかもしれない変化」だったものが、

今では少しずつ「すでに始まっている変化」に見えてきた。

私たちは今、その変化の途中にいるのかもしれない。

 

ナフサ不足という一つのニュースから始まったこの考えごと。

私にとってはこれからの暮らしや素材について考える良い機会になった。

 

あなたの身の回りで起こっている変化はあるだろうか。