前回まで、私はAIが人間の問いを受け取り学習していく様子や、
人間を観察する存在としての未来を描いた。
今回は少し角度を変えて、
人間の非合理性と、それが生み出す創造性について考えてみたい。
人間は時に、一銭の得にもならないと知りながら憎しみを募らせ、不毛な報復の連鎖に身を投じる。
幸せになりたいと願いながら、自ら破滅の道を選び、もっとも愛する人を絶望の淵に追い込むことさえあるのだ。
効率と最適解を求めるAIから見れば、それは救いようのない「バグ」であり、理解不能な自己破壊プログラムに映るだろう。
けれども、その地獄のような苦しみや、理不尽なまでの絶望があるからこそ、人はそこから逃れようと、祈るように筆を執り、声を枯らして歌を歌う。
感情の抑揚のないところに、ドラマは生まれない。
既存の枠にとらわれないアートや音楽、文学といったあらゆる創造は、この割り切れない心の「もつれ」から産声を上げるのでは無いだろうか。
悲劇という名の「もつれ」が深く、複雑であればあるほど、そこから紡ぎ出される表現は、より強く、より美しく輝く気がしている。
また、それと同時に、
この創造の世界も、FREEという大きな流れからは逃れられない。
クリス・アンダーソンの『FREE』で語られる音楽の無料配信では、
楽曲を無料で公開することでライブチケットやグッズの売上が伸び、
興味を持つ人の裾野を広げ、リアルな行動を促した。
有名アーティストの曲がサブスクで解禁されるたびに話題になるのは、
その効果を私たち自身が体感しているからだ。
アートの世界でも同様の動きがある。
村上隆などのアーティストは、自らの制作の裏側を公開し、
制作のルーツや芸術の見方を伝えるYouTubeチャンネルを運営している。
これによって、従来は玄人だけが楽しんでいた美術の世界の裾野が広がり、
より多くの人々に触れる機会が生まれる。
裾野を広げることによって、そのことに興味を持って始める人も増える。
つまり、サッカーのようなスポーツで裾野が広がれば、
優秀なプレイヤーが出てくるのと同じように、
創造の世界でも次世代の才能が芽吹く可能性が高まるのだ。
非合理な人間が生み出す創造性は、単に内面の表現にとどまらず、
裾野を広げることでリアルな行動や影響を引き起こす。
無料で提供される知識や作品、情報が、人々の心を揺さぶり、
創造の連鎖を生むのだ。
おそらくAIは創作物を巧妙に真似てくると思う。
玄人が数十年かけてたどり着いた曲線を、ほんの数秒で描き出す。
だからと言って人間は描くことをやめないだろう。
例え、模倣の林立の中でも、きっと描き続けると思う。
なぜ辞めないか?
人間は非合理だからである。
そして、その姿を見せているからこそ、
その姿を追う人が必ず出てくると思うのだ。
AIの進化が加速する世界にあっても、この非合理性の力は消えない。
むしろ、AIという知性の補助装置が私たちの問いや創造を加速させることで、
人間の非合理性はより鮮明に、より広く社会に影響を与えることになるだろう。
人間の非合理性は、制御不能の狂気ではない。
それは、世界に新しい可能性や創造を生み出す力であり、
FREEの仕組みの中でより多くの人々に届くことで、
私たちの社会に深く根を下ろしていくのだと思う。
そして、AIとFREEの時代はこれからますます加速していく。
だが、それがどのような未来をもたらすのか。
それは、まだ誰も知らない物語だ。
あなたは、AIとFREEの時代に何を与え、何を受け取りますか。
